絆のかたち



○アレルサイド

「記憶喪失!?」

 僕は隣を歩く黒髪の武闘家――クリスにオウム返しに尋ねた。
 彼女はこともなげにうなずいてみせる。

「そう、記憶喪失。アタシはね、10年くらい前にこのアリアハンにやってきたんだけどさ、そこで城の兵士に『どうしたんだ』って尋ねかけられたのが、記憶にあるアタシの『最初』。……着の身着のままでどこかから飛び出してきたのか、ボロボロの格好をしてたらしいよ」

 記憶をまさぐるように、クリスはそう僕に語ってくれた。それも、にこやかな表情で。でも、記憶がないという事実はこの10年間、きっと彼女の精神を蝕んでいたはずだ。だってそれは、誰もが当たり前に持っている多くのものが、彼女にはないということを示すのだから。

 そんな僕の心情を知ってか知らずか、クリスは続ける。

「王様がアレルと旅に出ろってアタシに命じたのは、アタシのことを案じてくれていたから、というのもあるんだろうね。きっと」

「……? どういう――って、ああ、そうか。父さんが消息を絶った場所――つまり、魔王バラモスが居城を構えているのはネクロゴンド大陸。でもいきなりそこに行けるわけじゃないから――」

「そう。当然各地を旅することになる。あるいはその途中で、アタシが生まれ育った場所が見つかるかもしれないし、環境の変化が記憶を取り戻すきっかけになるかもしれないって考えてくれたんだろうさ。――ま、ムダなことなんだけどね……」

「え?」

 嘆息混じりにつぶやかれたその言葉に、僕は首をかしげた。ムダって、決めつけることないと思うんだけど……。

「あ、いやいや。なんでもないよ、アタシの独り言。――ところでさ」

 首をぐるりと回して、クリスはちょっと居心地悪そうな表情をした。二つくくりにしている彼女の髪がもう少しで顔に当たりそうになる。

「アタシたち、なんでこんなところ通ってるんだい? アレル?」

「え〜と、それは……」

 僕たちがいま歩いているのはアリアハンの貧民街(ひんみんがい)だった。あちこちに生ごみが散乱していて、正直、ものすごく匂う。クリスが『こんなところ』と言うのも当然だった。

「表通りは……通りたくなくてね……」

 もの欲しそうな目を向けてくる、ここに住んでいるのであろう男性からすぐさま目を逸らし、僕はクリスに答える。

「下手に表通りを通ったら、リザと鉢合わせしてもおかしくないし……」

「リザ? ああ、あのアリアハン王立アカデミーの天才?」

「そう言うとものすごく優秀な人間に聞こえるね、リザって。僕からしてみれば、ただただ暴走しているだけの幼なじみって感じなんだけど……」

 言って苦笑する僕。でも、そうだな。その幼なじみが大切だから、僕は――

「そういえば城でも言ってたね、連れて行かないとかなんとか。でもさ、だったら酒場に向かわないで別のところから町を出ればいいんじゃないかい?」

「う〜ん、そうしたいのは山々なんだけど、王様との謁見が終わったらちゃんと顔を出すようにって言われてるんだよ……。でもって、母さんがルイーダさんの酒場にいるんなら、もうリザは僕が旅に出るって知ってるだろうし。さらに彼女、行動的だからさ、僕がまだ城にいると思っていまごろ城に向かっていてもおかしくないんだ」

 王城に向かって全速力で走っているリザの姿を想像し、僕は軽くめまいを感じて額を押さえた。同時にちょっと胸が痛みもしたけど、まあ、それはそれ。

「そりゃ、母さんの言いつけを破るっていうのもひとつの手段ではあるよ。でもさ、僕の母さんって、元・武闘家でけっこう強いんだよね。バラモスを倒して、父さんを連れて帰ってきたとき、出会い頭に殴られたり蹴られたりっていうのは、正直、ご免こうむりたい……」

 なんというか、色々と台無しになってしまうだろう。感動とか、感動とか、感動とか。

「なるほど、ね」

 僕の言葉に秘められた決意に気づいてか、クリスはニッと笑って返してきた。――決意。それは必ず生きて帰ってくるという、もはや僕の中では当たり前のものとなっている心構え。

「じゃあ手早く挨拶を済ませて、その幼なじみに見つからないうちに出発しようか」

「うん、そうだね。リザのことだから、城に行っても僕がいなかったら町中を捜そうとするだろうし。――っと!?」

 嘆息気味にクリスに返した瞬間、正面から来た人とぶつかってしまった。普段ならこんなドジはしないんだけど、相手に『殺気』とかがなかったからなぁ。というか、人間なら誰でも持っている『気』そのものがあまりにも希薄だったような……。

「おっと、ごめんだべ」

 僕の思考はその声に中断させられてしまった。改めてぶつかった相手を見てみると、黒髪の男性で、年の頃は僕よりもちょっと年下であろう14〜15歳といったところ。

「本当にすまんべ〜」

 言ってその少年は駆けていってしまう。『人にぶつかっておいてその態度はどうだろう』なんて思っていると、クリスが地を蹴って一瞬で少年に近づき、その襟首をむんずと捕まえた。……それにしても速かったな、いまのクリスの動き。僕もスピードにはそれなりに自信あるのに、ちょっと彼女にはかなう気がしない。

 いやいや、そんなことよりも。

「いきなりなにやってるんだよ、クリス」

 ちょっと非難するように僕が言うと、どういうわけか彼女は呆れたような表情をこちらに向けてきた。

「なにって……。気づかなかったのかい? アレル?」

「気づかなかったって……?」

「……やれやれ、なんか先が思いやられるねぇ。コイツの『気』、妙に『薄い』と思わなかったかい?」

 そういえば思ったな。ずいぶんと『気』が希薄だって……。

「ほら、少なくともアタシには完全にバレてるんだ。いまアレルからスッた財布、おとなしく返しな。そうすりゃ一発殴るだけで勘弁してやる」

 空いているほうの手をグッと握り込むクリス。捕まっている少年はそれを見てハッキリと顔を青ざめさせた。

「……か、返さなかったらどうなるべ……?」

「決まってんだろ。返す気になるまで殴る」

 ……悪いのは少年であることは間違いないわけだから、止めに入ることもちょっと出来ないし。ええと……、とりあえず、少年に合掌。


○リザサイド

「アレルなら、つい先ほどクリスと共に城を出て行ったはずじゃが、会わなかったのか? リザ」

 城について階段を駆け上がり、肩で息をしながら『王様に『アレルは来たか』と尋ねたところ、返ってきた答えが、それだった。

「えっと、まあ……」

 アレルがわたしを置いて旅に出ようとしていることは、ゼイアスさんやマリアさんから聞いて知っていたから、いまこの場で茫然自失とはならなかった。けれど、王様からクリスを同行させた経緯を聞くにつれ、『どうして』という思いがどんどん湧きあがってくる。

 アレルはどうしてわたしを置いていったのか、どうしてクリスという武闘家は連れていったのか、そして、どうして王様はぶん殴ってでもアレルを引き止めておいてくれなかったのか。正直、王様の胸ぐらを引っ掴んででも問い質したかった。

 王様が言うにはクリスという女性、年齢は18で、かなり優秀な武闘家らしい。実は記憶喪失だそうで、各地を旅することで記憶が戻るかもしれない、という読みもあるのだという。
 しかし、そんなことはどうでもいい。どうして王様はアレルの旅の供にそんな若い――わたしやアレルと2歳しか違わない、年頃の女性を選んだのだろうか。これならいっそ、アレルがひとりで旅立ってくれていたほうがずっと安心だったのに。

 大体、アレルだって16歳の少年だ。かたときも離れることのない唯一の仲間に心を許しすぎて、特別な感情を抱いたりなんかしちゃったら、どう責任をとってくれるのだろう。

「……い、リザ? おーい、リザ? 大丈夫か?」

 王様の声でハッと気づく。わたしはすっかり考え込んでしまっていたらしい。きっと王様からは茫然としているように見えたことだろう。

「――あ、はい。それでは、わたしはこれで」

「う、うむ……」

 王様に頭を下げると、わたしはとぼとぼと城の一階に歩を進めた。それから再び考えごとをしながら歩く。

 大体、そのクリスという武道家にアレルを支えることなんて出来るのだろうか。――無理だろう。アレルは確かに優しくて、来る者拒まず、といったところがあるけれど、それはアレルの一面でしかない。彼は想像以上の『がんこもの』でもあったはずだ。意見が衝突すれば自分のそれをなかなか撤回したりしない。
 まあ、自分が間違っていると感じたら、すぐに謝る性格でもあるのだけれど。

 ……うん、そうだ。わたし以外にアレルを支えるなんて、出来るはずがない。クリスと違って、わたしはアレルとのつき合いが長いんだから。大体、武闘家に出来ることなんて、たかが知れてる。魔法だってなにひとつ使えないはずだし。
 それに比べて、わたしはどう? 近接戦闘は確かに苦手だけれど、本来、それはアレルの役目。わたしはケガをしたアレルを魔法で癒せる。修行を積めばサポートも出来るようになる……はず。それに、僧侶ではあるけれど、攻撃魔法だって使える。

 これでもわたしよりクリスっていう武闘家のほうがアレルの役に立てるって言える? ううん。そんなわけないじゃない。アレルと二人で旅をするのなら、わたし以外にふさわしい人間なんているわけない!

「よし! そうと決まったら早速アレルを追いかけよう! 大丈夫! モンスターなんてわたしの攻撃呪文で――」

「なあ、お譲ちゃん」

 ふと、横手から声をかけられた。怪訝な表情でそちらを見やると、そこには牢屋に入れられた40代前半ぐらいに見える男性の姿。……あれ? 牢屋? なんでわたし、こんなところに……?

「おいおい、お嬢ちゃん。首を傾げたいのはこっちだぜ」

「ああ、そうか。考えごとしながら歩いてたから……」

「……考えごとしながら歩いて牢屋にまで来ちまうヤツを、俺は初めて見たよ」

「ほっといてよ。まったく、まるで人をオルテガさんみたいに……。で、何の用なの? 用もなしに話しかけたわけじゃないんでしょ?」

「ああ、そうだった。お嬢ちゃん、アレルを追いかけるとかって言ってたよな? そのアレルってのは今日、王様から旅立ちの許可をもらったっていうオルテガの息子のことかい?」

「……そうだけど、だったらどうだっていうの?」

 男を威圧するように、わたしは言う。相手が牢屋に入っていても、怖いという感情は抑えることができなかったから。男はわたしの態度を気にした風もなく続けてくる。

「町から出た奴を追おうってことは、お嬢ちゃん、それなりに強いってことだよな」

「――まあね」

 胸を張って返すわたし。自分で自分のことを強いだなんて、本当は一度も思ったことなかったりするのだけれど。

「そんなお嬢ちゃんに頼みがあるんだ。俺にはモハレっていう15歳の息子がいるんだが、俺はドジやってここにぶち込まれちまった。このままじゃモハレは飢え死にしちまう。俺は死ぬことだけはねえのに、だぜ?」

「……まあ、そうでしょうね」

「そこで、だ。お嬢ちゃん、オルテガの息子を追いかけるっていう旅に、モハレを連れて行ってやってくれないか? 本当はオルテガの息子に頼もうと思ってたんだけどな、お嬢ちゃんがオルテガの息子を追おうってんなら安心して預けられる」

 なんだか勝手な話になってきたなぁ……。わたしはひとつ嘆息して男を思いとどまらせようと言葉を紡ぐ。

「あのねぇ。預けられるわたしの身にもなってよ。旅費も倍以上になるでしょうし、それに第一、危険な旅なのよ? 町から出ればモンスターと戦うことにもなるんだから」

 しかし男はこちらの思惑に反してニヤリと笑ってみせた。

「危険な旅だっていうのなら、なおさら、さ。大体、この町を出てオルテガの息子に追いつくなんざ、お嬢ちゃんひとりで出来ると本気で思ってるのかい?」

「――それは……」

 思わず言葉に詰まる。さっきは『大丈夫』と自分に言い聞かせてたけど、不安がないわけがなかった。正直、とても自分ひとりで出来るとは思えない。それでも、言い負かされるわけにはいかなかった。誰かを巻き込むなんて、したくなかったから。

「でも、危険な旅っていっても、普通の人のそれとわたしのこれとはその度合いがまったく違うのよ。無事にアレルに追いつけたら、今度はその足で魔王を倒しに行くんだから」

 しかし、男はわたしの言っていることを嘘だとでも思っているのか、

「魔王を倒す、か。そりゃすごいな」

 そう言って笑ってみせた。それから真剣な表情に戻って、切々と訴えかけてくる。

「――旅の途中でどんな悲惨な死に方をしたって、俺やモハレにしてみりゃ飢え死にのほうがよっぽど屈辱的さ。旅に誘ったお嬢ちゃんのことをアイツが恨むわけがねえ。それに、アイツにはまだ未熟ながらも盗賊の技能がある。旅に連れて行けばきっと役に立つぜ?」

 ここに来て、わたしは迷い始めていた。自分ひとりで旅をするなんて、冷静になって考えれば無理なことだって、すぐにわかったから。いや、それは旅立ちを決めたその瞬間から、心のどこかでわかっていたから。アレルになら、あるいは出来るのかもしれないけれど――。

「それで、そのモハレって子はどこにいるの?」

「おっ。連れて行ってくれる気になったか。――アイツは貧民街にいるだろうよ。そこでスリの技術を生かして、とりあえず食いつないではいるはずだ。……多分な」

 スリ……。それはれっきとした犯罪だ。でも、そういうことをしなきゃ生きてもいけない人たちが、世の中にはいる。……嫌な事実だった。

「盗賊バコタから頼まれたって言えばアイツにもわかるはずだ。少しドンくさいところのあるヤツだが、よろしく頼むぜ。お嬢ちゃん」

 言って男――バコタは、モハレの特徴をわたしに詳しく話しはじめたのだった。


 アリアハンの貧民街。
 ここはその名のとおり、アリアハンに住む人たちの中で特に貧しい人たちが住んでいるところだ。
 だからなのだろう。貧民街に入ったとほぼ同時に、もの欲しそうな視線がわたしに集中した。

 ここには昔、アレルと一度だけ一緒に来たことがある。そして、そのときにわたしは理解した。ここに住んでいる人間になにかを恵むようなことは、基本、しちゃいけない、と。
 別に法律で禁じられているわけじゃない。蔑んでいるつもりもない。ただ、恵まれた人間が不幸な目に遭うからだ。
 恵んでもらった人間は、大抵、恵んでもらえなかったここの人間から妬まれ、下手をすると恵んでもらったものを手放すまでリンチを受ける。たとえ恵んでもらったそれが1ゴールドでも、パンの一欠片であっても。
 だから、誰も貧民街の住人にはなにかを恵むことは出来ないし、しない。とにかく、しちゃいけない。

 だから、わたしが『その少年』を見つけたとき、一瞬ながら判断に困ってしまったのは、仕方のないことといえるだろう。

「う、うう……」

 彼はボロボロだった。年の頃は14〜15歳。髪は黒。――もしかして……。

「――あなた、もしかしてモハレ?」

 わたしはまず、ボロボロになっている彼を気遣わず、ただそう呼びかけることを選んだ。もちろん彼の状態は気になったけれど、この貧民街で他人を気遣うなんてことは、するべきじゃない。

「……う?」

 果たして、わたしの言葉にわずかに反応する彼。しかし、その返事は肯定なのかどうなのか、はっきりしない。わたしはひとつ嘆息して、

「盗賊バコタに頼まれたんだけど、わかる?」

「……う、父ちゃ……? けほっ……」

 とりあえず、彼がモハレであることは間違いないようだった。しかし見たところ、あちこち打撲を負っているようで、会話が成り立つ感じじゃない。回復呪文『ホイミ』で治してあげて、ちゃんと話をしたいところだけれど、言うまでもなく、ここでそんなことするわけにはいかないし……。

 ……ふむ。じゃあ、こうしようかな。

「ほら、立ちなさい! もう逃げることなんて出来ないわよ! あなたはこのまま牢屋行きなんだからね!」

 意識的に大きな声で、モハレにそう言うわたし。こちらを見ていた人たちは途端にあさってのほうに目を逸らし、当のモハレは目を白黒させる。しかし当然のことながら、引っ張るわたしに抵抗する力は残ってないのだろう。抗議の声すらあげずにモハレはわたしに引っ張られる。

 そうして、貧民街から出てしばらくしてから、

「ホイミ!」

 わたしは回復呪文でモハレの打撲を治してあげた。

「……ど、どういうことだべ……?」

 状況が呑み込めていないのだろう。不思議そうに訊いてくるモハレ。

「ろ、牢屋行きってのは……?」

「あ、それウソ。ああでも言わなきゃ、貧民街の人たちから反感買いそうだったからね。――それで、あなたがモハレで間違いないのよね? 盗賊バコタの息子の」

「そ、そうだべ。だども、どうして父ちゃんのことを知っとるべか? 父ちゃんはいま、城の牢屋に――」

「その牢屋に行って、バコタに会ったのよ。で、わたしが今日旅に出たアレル――オルテガさんの息子を追う旅に出るつもりだって言ったら、あなたのことも一緒に連れて行って欲しいって頼まれたの。このままじゃ飢え死にするだけだからってね」

「そうだったんだべか……。オイラが旅に……」

 そうつぶやいて、彼は少しうつむいた。もしかしなくても、怖じ気づいたのだろうか。まあ、それが自然な反応なのだけれど……。
 しかし、その心配は必要なかった。

「――すごいべ! やっとアリアハンから出られるべ!」

「……えと、怖くないの……?」

「そりゃ怖いに決まってるべ!」

 ……全然説得力がなかった。

「でもそれ以上にワクワクするだよ! 手に入れろ! 金銀財宝! スリもモンスター相手にやれば罪にならないべ! 罪悪感もゼロだべよ!」

 ……なるほど。バコタは彼にそういう風に教えてたんだ。まあ、そのとおりではあるんだけど……。

「ねえ、モハレ。じゃあ、いままで人間相手に盗みを働いてたときは、罪悪感あったんだ?」

 ふと気になってそう問うと、彼はなぜか親指をグッと立ててみせ、

「全然なかったべよ!」

 満面の笑顔。……ダメだ。彼、根っからの盗賊だ……。

「あの大盗賊カンダタを超えるには、その程度のことで罪悪感を覚えてちゃダメだべ!」

「それもバコタが……?」

「んだ! 父ちゃん、しょっちゅうそう言ってただ!」

 子供になに教えてるのよ、バコタ……。

「ところで姉ちゃん、あんたの名前はなんていうだ? 名前教えてもらえねえと呼びづれえだよ」

「あ、そういえばまだ自己紹介してなかったわね。わたしの名前はリザよ」

「リザだべか。歳はいくつなんだべ?」

「――女性に年齢を訊くのは失礼なことだって、お父さんから教わらなかった?」

 わたしが発してみせた圧力に、モハレは少したじろいだ。

「お、教わらなかっただよ。それに、オイラより年上か年下かわからねえと、接するスタンスが決めにくいべ」

 まあ、それは確かにそうだ。でもわたしからっていうのが納得いかない。
 わたしが明らかに不満そうな表情をしたからだろう。モハレは「仕方ないだ」と嘆息混じりにつぶやいて、

「オイラは15歳だべ。名前はモハレ」

 いや、名前はわかってるから。――でも、

「じゃあわたしのほうがお姉さんね。わたしは16歳だもの」

「な〜んだ。オイラより年上だったんだべか……」

 なぜか残念そうにつぶやくモハレ。

「なんでそんなに残念そうなのよ……」

「オイラ、一度でいいから、年下のヤツ相手に威張ってみたかっただよ……」

 その発言に、わたしは思わず額に手を当てて空を仰いでしまうのだった。


○アレルサイド

 アリアハンの割と外れに建っている大きな店。そこがルイーダさんの経営しているルイーダの店だ。
 ちなみに、一階が酒場で、二階はルイーダさんとリザの居住スペースとなっている。

 もしリザがまだここにいたら、と思って、僕は酒場の中を見回して彼女がいないことを確かめてから中に入った。その後ろを苦笑しながらクリスがついてくる。

「こんにちはー」

 まだリザが二階にいる可能性があるため、二階には届かないよう、少し声を抑えてそう口にしてみた。

「お帰り、アレル。なにをこそこそしてるのよ」

 返してきたのはルイーダさんではなく、テーブルのひとつについていた母さんだった。どこかいたずらっぽく笑いながら続けてくる。

「リザちゃんだったら、ここにはいないから安心しなさい。旅に出る前にアレルは一度ここに戻ってくるからって言う暇もなく飛び出して行っちゃったからね、あの子」

 それを聞いて僕は少し安心した。あとはリザが戻ってくる前に旅立つだけだ。
 僕は次に母さんの向かいに座っている祖父――かつては『始まりの勇者』と呼ばれたゼイアスおじいちゃんのほうに視線を向けた。するとおじいちゃんもまた、昨日の稽古のときとまったく違う優しい眼差しを僕に向けてくれた。

「アレル、頑張ってくるんじゃぞ」

 一瞬、息が詰まる。あまりにも短くて簡潔な、その一言。でもそれにどれだけの想いが詰まっているか、理解できたから。

「――うん」

 だから、僕はそれだけを口にした。それ以上の言葉は、必要ないと思った。

 僕は最後にカウンターに居るルイーダさんのほうを向いて、リザに伝言を頼もうと――した、その瞬間、

「あら、誰かと思えばクリスじゃない。久しぶりね〜。元気だった?」

 母さんのセリフに驚いて、そっちに目をやる。本当に懐かしそうな表情をしている母さんと、戸惑っている様子のクリスの姿が視界に映った。

「え、えと……?」 

 クリスはそのまま、しばし戸惑っていたが、ふと、なにかを思いだしたのか、

「あっ! マリアさんですか!?」

「なに、忘れてたの〜? 仮にも師匠とでも言うべき人を」

 ……師匠? ああ、そうか。クリスは武闘家で、母さんも元とはいえ武闘家。つまり――

「母さん、クリスに格闘術教えたことあるの?」

 僕の問いに『知らなかったの?』とでも言いたげな表情でうなずいてみせる母さん。

「まあね。もっとも、基本的なことを教えただけなんだけど。――あれは確か、『あの人』の訃報が届くちょっと前だったから、7年くらい前かしらね」

「もう、そんなになるんですね……」

 母さんとクリスはなんだかそのまま思い出話を始めてしまった。早く旅立たなきゃいけないというのに……。

「アレル、言い忘れておったのじゃが――」

 ひとつ嘆息した僕に、おじいちゃんがそう声をかけてきた。……なんか、さっきのおじいちゃんとの感動的なやり取りが台無しになってしまった感じがする。

「お前にはまだ、ひとつだけ教えてやれていないことがあった。『魔法剣』というのじゃが――」

「魔法剣? 振っただけで攻撃呪文と同じ現象を起こせるっていう剣のこと?」

 世間一般で言うところの『魔法剣』というのはそれのことを指す。しかしおじいちゃんは首を横に振ってみせた。

「そうではない。魔法剣は攻撃呪文の力を剣に込める、勇者の血を引く者にしか使えん特殊な『剣技』じゃ」

「そんなものがあったんだ……」

「火の玉を生み出す呪文――メラの力を剣に込めれば、剣で斬りつけたときの威力は通常のそれを遥かに上回る。もっとも、メラはしょせん初級の呪文じゃ。その力を込めた魔法剣の扱いは、さして難しくない。むろん、ワシとて使える」

 おじいちゃんが『魔法剣』を使ったところを、僕は一度も見たことがないのだけれど、おそらくそれは本当なのだろう。『始まりの勇者』とまで呼ばれた彼がこんな嘘をつくとは――いや、よく考えてみたら、これまでもシリアスな感じで話をされて、最後に『嘘じゃよ〜ん』なんて言われたこと、何度もあったな……。
 まあ、旅立ちの日に嘘をつくことはさすがにないだろう。……ないと信じたい。

「しかし、ワシとてすべての魔法剣を使いこなせるわけではない。主に使いこなせんのはメラゾーマを始めとする上級の呪文と、――ギガデインじゃ」

 ――ギガデイン。
 『魔法剣』同様、勇者の血を引く者のみが使えるという、雷撃の呪文。

「白状すれば、ライデインの力を込めた魔法剣すら、ワシには使いこなせんかった。ワシが使ったライデインの力を宿した魔法剣は、その力を暴走させたも同然のものだったんじゃ。とても、剣技などとは呼べんかった」

 暴走した力がモンスターを次から次へと薙ぎ払っていく――。
 そんな光景を想像し、僕は思わず背筋をブルッと震わせた。

「じゃが、お前なら。――昨日、ワシを超えてみせたお前になら、あの恐ろしいほどに強力なギガデインの力を込めた魔法剣ですら、制御できるようになるじゃろう。間違いなく、な。まあ、むろん修行をつめばの話じゃが。――再びこのアリアハンに帰ってきたときには、この老いぼれにそれを見せてくれ」

「――うん。絶対に」

 ……まったく、これでまた生きて帰ってこなきゃいけない理由ができちゃったな。
 そんなことを思いつつ、僕はおじいちゃんにそう返した。

 それからおじいちゃんに口頭で、あくまで手短に『魔法剣』の使い方を教わり、最後にルイーダさんのほうを向く。
 しかし、僕が口を開くよりも早く、どこか懇願するような瞳と口調で彼女は僕に告げてきた。

「アレル、リザのことなんだけど、やっぱり一緒に連れていってあげられない?」

「それは――」

 思わず言葉に詰まる。僕だって、本心ではリザについてきて欲しいと思っていたから。でも――

「――できないよ。危険な旅なんだ。それにリザを巻き込むことは、できない」

「……そっか。でも、これだけ聞いてくれない? リザはね。あたしの本当の子供じゃないんだ。いまから15年前、だったかな。オルテガと旅をしたことがあるっていうリザの両親がアリアハンに来たことがあってね、それで自分たちの代わりにリザを育ててやってくれないかって頼まれたのよ」

「……リザは、そのことを――」

「知ってる。ほら、あの子頭も勘もいいし、あたしとリザって全然似てないしね。あたしは呪文をまったく使えないのにあの子は使えるってこともあって、小さい頃から薄々ながらも『もしかして』って思ってたんだって」

 どこか自嘲するように笑ってみせるルイーダさん。

「それで、実の両親のことをリザに教えたのが2年前。でもあの子、両親に会いたいとか、言わなかったんだよね。そう言ったらあたしが傷つくと思ったのかもしれない。……でも、本当の両親を求めるよりも、あたしと暮らしていくことを選んでくれたのは、――やっぱり、嬉しかったな」

 言って、彼女は本当に嬉しそうに目を細める。

「おっと、話が脱線したね。――あたしとしてはさ、でもやっぱり、本当の両親には逢わせてあげたいんだよ。リザのためにも。そしてあの子の両親のためにも」

「逢わせてあげたいっていっても、いまどこにいるのかも、そもそも、そのリザの本当の両親の名前もわからないんじゃ……」

「確かにどこにいるのかはわからないけどね。でも、あの二人、ちゃんと名乗っていったんだよ」

 名乗っていった? 一体なんのために? まあ、それは置いておくとして。

「その二人の名前は?」

「父親のほうが僧侶のボルグ。母親のほうが魔法使いのローザ。――ああ、リザが僧侶でありながら攻撃呪文も使えるのは、母親が魔法使いだから、なんだろうね。おそらく」

 ああ、なるほど。道理で――って、いまはそんなことはどうでもよくて。

「でも、どうして名乗ったんだろう。そのリザの両親。名乗る必要なんて、ないはずなのに……」

 だって、本当の両親がいるなんてことは、リザからしてみれば知らないほうがいいことだ。なのにわざわざ名乗るなんて、まるでリザとルイーダさんの関係にヒビが入ったほうがいいとでもいうような――、

「やっぱり、本当の親がいるってことを――お前はボルグとローザの娘なんだよってことをリザに知っておいてほしかったんだろうね、もう二度と逢えないと思うからこそ、余計に。知っておいてもらうことで心が救われるってことも、あたしはあると思うよ」

「その理屈は、わかるけど……」

 でも、リザを育て、一緒に暮らしていくルイーダさんの心情も、もう少し察するべきだと、僕は思う。

「まあ、それはそれとして。あたしとしてはあの子を本当の両親に逢わせてあげたい。でも一人で旅に出すのはさすがに心配だし、やっぱりアレルにつれていってもらいたいのよ」

「気持ちはわかるけど……」

 僕が困ったようにそうつぶやくと、ルイーダさんはひとつ息をついて、それから自分に言い聞かせるように、

「無理な相談だったかな。それによく考えてみれば、アレルだって魔王バラモスを倒す旅に出ようとしてるんだもんね。ごめんね、その辺、もう少し察してあげないといけないわよね」

 言って、ルイーダさんはどこか、申し訳なさそうな表情を見せる。
 僕はそれにしばし黙り込んだあと、ひとつの提案をした。

「……もしも旅の途中でリザの両親と会ったら、必ずアリアハンに連れてくるよ。――それでもいい?」

 僕の言葉に、ルイーダさんは嬉しそうな、でもどこか悲しげな笑みを浮かべてみせる。

「もちろんよ。ありがとうね、アレル」

 それは、両親が見つからない限り、リザが自分のもとからいなくならないという安心感からくる笑みなのか、それともリザの両親が見つかる可能性が生まれたことに対する笑みなのか。もちろん、僕なんかにはわかるはずもなかった。
 ただ、これ以上リザの両親の話をしても、ルイーダさんは苦しいだけなんじゃないかと、そう思えて。

 だから、僕はこの話を切り上げて、母さんとルイーダさんに別れの言葉を告げることを選んだ。実際、そろそろ出発しないとリザがここに戻って来かねないし。

「じゃあ、母さん、ルイーダさん。――行ってきます」

 別れの言葉。でもそれは、必ず戻ってくる、という意味の言葉でもあって。

『行ってらっしゃい』

 声を揃えて、にこやかにそう返してくれる母さんとルイーダさん。いまの僕の言葉は間違いなく、父さんの旅立ちを連想させるものだっただろうに、それを笑顔で送り出せるなんて、やっぱり、二人は強いなぁ……。

「ほら、じゃあ行くよ。クリ――」

 クリス、と言いかけたその瞬間。

「ルイーダの店はここかな」

 そうつぶやきながらルイーダの酒場にひとりの男性が入ってきた。年の頃は20前後の黒髪の青年。このあたりではちょっと見かけない、変な格好をしていた。
 彼は僕のほうを向くと、

「あっ! 勇者アレル!?」

「そ、そうですけど、僕、あなたに会ったことありましたっけ?」

 僕の憶えている限り、この男性と会ったのはこれが初めてのはずだった。それほど特徴のある顔立ちではないけれど、変な服装をしているし、会ったことがあるのなら確実に憶えていると思う。
 案の定、青年は僕の言葉に首を横に振った。

「いや、僕が一方的に知ってるだけだよ。でもすぐに会えてよかった〜。――これから旅に出るところ? だったら僕も同行したいんだけど」

「ど、同行って――」

「ちょっとロマリア大陸まで行きたくてね。まあ、別にロマリアに用があるわけじゃないんだけど。でもあの大陸に行くには『まほうのたま』が必要でしょ? だからついて行きたいな、と」

 そんなこと言われても、正直、困る。

「危険な旅だっていうのは充分承知してるし、僕の職業は――え〜と、この世界では魔法使いってところかな。ほら、正直言って、呪文が使える仲間がいないと大変でしょ? それに僕は、どんなモンスターがどこに生息してるのかも知ってるし、どこにどんな町があるのかも知ってる。連れて行ってくれれば、それなりに頼りになると思うよ」

 『それなりに』って、なんでそんな微妙に自信のない自己アピールを……。それに『この世界では』って一体……?

「あの、とりあえず名前を……」

 そこで青年はいま気がついたのか「あ、ごめん」と言い、ようやく自分の名を名乗ったのだった。

「ごめん、自己紹介がまだだったね。僕の名前はルーラーっていうんだ」

 ――と。



――――作者のコメント(自己弁護?)

 どうも、ルーラーです。ここにようやく『ドラゴンクエストV〜それは、また別の伝説〜 アレルガルド編』の第二話をお届けします。……まあ、第二話だというのに、まだアリアハンから出てもいませんが、それはともかく。

 今回でようやくメインメンバーが出揃いました。アレルにリザにクリスにモハレ。彼らがこれからどう再会し、共に旅をすることになるのか、ご期待いただけると幸いです。
 また、第三話では戦闘シーンも入れる予定ですので、そちらも期待に添えるものになるように努力します。まあ、とりあえずはこの展開に驚いてもらえれば、僕はそれで満足だったりするのですけどね。

 実際、僕は『いかにして読み手を驚かすか』にかなり重点を置いています。今回ラストの『青年』のセリフも、アレルとクリスがモハレと出会いつつも仲間にはならなかったのも、このあとの話で思いっきり驚かせたかったからです。
 これからも、いい意味で読み手の予想を裏切っていけたらいいな、と思っていますので、ゲームのシナリオとは一味違う展開を期待していただければ嬉しいです。

 さて、そろそろサブタイトルの出典を。今回は『スクラップド・プリンセス5』(富士見書房)の第五章からです。
 アレルとマリア、アレルとゼイアス、アレルとルイーダ、そしてリザとルイーダといった面々の、ちょっぴり変わった形をした、でも確かにそこにある『絆』を感じていただけたら幸いです。

 それでは、また次の小説で会えることを祈りつつ。



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